多分4時頃、車内で出入国。寝ぼけててよく覚えてないけど。その後再びうとうと・・・。
6時45分、ボスニアヘルツェゴヴィナの首都サラエヴォに到着。バスが着いたのはセルビア人共和国側(RS)。ものすごく不思議なんだけど、この国には境界線があり、ボスニアヘルツェゴヴィナ連邦側(FD)とセルビア人共和国側に分かれている。セルビア人共和国側はキリル文字。お金もRSとFD、2種類発行されている。内戦が終了してからまだ10年。様々な問題を抱えている。到着したバスターミナル周辺は激戦地だったため、道以外は絶対に歩いてはいけないらしい。まだ地雷や爆発物が撤去されていないからとか。バスターミナル周辺は閑散としていて先入観からかどんよりした雰囲気。ATMを探し、お金を引き出し、歩いて境界を越える。
FDに入り、トロリーバス3.4マルク(241円)に乗りお目当ての民泊、ミキハウスへ向かう。トロリーバスを降りてスナイパー通りを歩く。ここは内戦時最前線だった場所で、この通りで動くものは全てセルビア人に射殺されたという。周辺のマンションは人が住んでいるが地震の後のようにボロボロで、銃弾の跡でボコボコ。当時記者が詰めていたというホリデーインホテルもこの辺り。ひどすぎ。
ボスニアの内戦はユーゴスラビア残留を希望するセルビア人(セルビア正教)と独立を目指すクロアチア人(カトリック)とムスリム人(イスラム教徒)が領土を主張しあって勃発。互いの民族浄化で1995年11月までの3年半で総人口の過半数の300万人を超える難民と国内避難民、20万人を越える死者が出、2つの大戦を除いてヨーロッパ史上最悪の戦争となった。この3民族は言語も外見も変わらない。だた宗教が違うというだけ。ほとんど無宗教に近い日本人には到底理解できないことだと思う。
9時すぎ、住宅地の中を迷いに迷い、やっとミキハウスに到着。2階(というか屋根裏部屋のような所)に案内される。シャワーを浴びて洗濯をし、下に降りると庭でミキさん家族と友人らしき人たちがおり、ハンバーグをはさんだパイのようなものやスイカをごちそうになる。
14時、トラム計3マルク(213円)に乗り、バルチャルシア地区へ。ここは旧市街の中心地にある職人街でここだけは人が沢山集まっている。緑も多い。しかしそれ以外は・・・やっぱり暗い雰囲気。近くには第一次世界大戦のきっかけとなったサラエヴォ事件の起きた橋もある。サラエヴォは歴史的にとても重要な都市なのです。周辺を散策し、丘の上に登ってみる。景色GOOD。しかしとにかくお墓が多い。墓標を見てみると1992年に亡くなった人が多いため新しい。胸が痛む。茶色い屋根が広がり、こんなにかわいい町なのに。
スーパーに寄って水など計1.84マルク(131円)を買いバスターミナルへ。明日の夜発のクロアチアのドブロヴニク行きのチケットを買う。計88マルク(6248円)。パイブレック(ハンバーグ入りパイ)とヨーグルト計4.6マルク(327円)を買って18時すぎ、宿に戻る。よくみると、ミキさん宅の壁も銃弾の跡だらけ。先に宿代20マルク(1420円)を払い、部屋でおしゃべり。22時30分すぎに就寝。 |

ミキさん家族と食事

サラエヴォ事件の起きた橋

住宅地とお墓

あちこちで見かける銃弾の跡 |