第十話 滝と小悪魔(2003.10.23)

『うわ〜っっ、、やっぱメッチャ怖え〜(TдT)』(『』は心の声)
ただでさえ高所恐怖症なのに、なんでこんなことに立っていなければならないんだろう。水飛沫をあげて滑っていく小林君の背中を見ながら後悔していた。「ドバンッッ!!」と激しい音が次の自分の順番を叫んだかのように聞こえたとき、軽く目眩がしてきた・・・(分かり難いですが、どの位の滝かは10月13日のたび日記の写真を見てください)

少し前、滝に着くとパーイまでたまたま一緒になったシュウイチ君が、パンツ一丁で滝壺の所で水浴びをしていた。私は水浴びをする気はまったく無かったため、ズボンを折って足だけ浸かるようにした。その時、うたがいきなり「水浴びしないの?」と聞いてくる。「うん、足だけでいいよ。足だけでも涼しくて気持ちいいしね」と私。うたは私に水浴びをさせてあげたかったのか、少し残念そうな顔をしていた。

側らでは、ドウドウと音を立てて落ちてくる水の水飛沫の中で地元の子供たちがキャッキャとはしゃぎ、木漏れ日は暑い日差しを和らげ、冷たい水は心地よく、その全てが暑い中を移動してきた私たちを癒してくれていた。

ふと近くの岩を見上げると現地の人らしい方が日光浴をしている。ちょうど目が合ったので会釈をすると「日本人ですか?」と流暢な日本語を話す。「はい」と答え『現地の方ですか』と聞きたかったが、もしかしたら日本人かもと思い、同じ質問をそのまま返すと「そうです」との返事。
全身刺青のどうみても現地の人っぽい彼は生まれながらのピッピーだと笑った。その彼の話は面白く、メコン川を泳いでラオスやミャンマーに渡っているだとか(もちろん不法入国)、すでにタイのビザが切れていてそれこそ不法滞在を五日間位しているとか、夜外で寝てめちゃくちゃ蚊に刺されてとても今痒いだとかそんな話をしていた時、いきなり後ろで「ドバンッッ!!」ともの凄い音。ビックリして振り返ると、滝壺の中から黄色い短パンを履いた見覚えのある顔が近寄ってくる。「また会いましたね」そう、それは滝に来る前に行った温泉で出会った小林君だった。

その小林君、何を血迷ったのかいきなり「一緒に滝を滑りませんか?」と聞いてくる!
「えっ!!この滝を滑るの?いやぁ、危ないからいいよ」と私。しかし、この会話をチョビ助のうたが聞き逃すことはなっかた。いきなり「行ってきなよ」の一言。この小悪魔め!

「いや、ここを滑るんだよ。やばいって!」(私)
「いいじゃん、旅の思い出になるし行ってきなよ」(うた)  『余分なこと言うな〜(`▽´)』
「大丈夫ですよ、行けますって」(小林君) 『だからやばいって言ってるジャン(T。T)』
「この滝でしょ、無理だって。海パンないから、パンツで滑れないでしょ」(私)
「パンツでいいじゃん行ってきなよ〜、写真に撮ってあげるから」(うた) 『この〜!!!』
「この滝の上に小さいのがあるから、そこで慣れてから行けば大丈夫」(小林君) 『そんな素敵な提案いりません(T。T)』
「ほら〜、旅のいい思い出だよ」(うた) 『こいつ人事だと思って・・・この小悪魔め!』

日本男児として4回目の断りを入れることはできず、渋々小林君に付いて行くことに。
滝の横を登っていくと確かに上には小さな滝が2つあった。が、しかし、一番上の滝は小学校の滑り台位のかわいいのだったが、二番目の滝はいきなり5m位の高飛び込み並みのものだった。
でも、これくらいならと一番目は軽くクリアし、二番目のはバランスを崩して左の腹を水にしたたか打ちつけながらもなんとかクリア。そして、最後の滝にチャレンジの時が来た。
近くにいた地元の男の子に「先にどうぞ」と勧めたが「俺は滑らないよ」みたいなことを言ってる。おいおい、地モティーも尻込みしてんじゃんかよ。ホントに大丈夫なのかよ。。。不安は募る。。。そしてついにその時がきた・・・

「さあ、どうぞ〜。右側は危ないですから真ん中辺りに来てください。左も滝の水が多すぎるから気をつけて下さいね〜」と小林君が下から叫んでる。
「えっ、危ないの?分かったよ・・・」(私) 『おいおいそう言う事は先に言えよ、やっぱ危険なんじゃん(TдT)』

『落ちていく間にパンツが捲れて、はみチ○したらどうしよう』『うたのやつどうしてもやらせたかったみたいだな。そんなにやりたいなら自分がやれよ』『落ちた拍子に後頭部を岩にぶつけたらやばいよな』『保険入ってたよな』『こんな田舎の病院はあてになるのかな』『こっちの救急車って有料だったよな』『バイクで運んでもらったほうが早いかな』『こいつら病院の場所って知ってるのかな』『昨日食べたカシューナッツ美味しかったよな、また食べたいな』・・・
色々な考えが頭を巡ったが、慎重に少しずつ下りながら出来るだけ安全な場所に落ちれるように体勢を整えて、一気に滑った。
「ドボン!!」幸いにも怪我も無く無事に滑り落ちることが出来た!『やったー!生きてる!』ちょっと大袈裟かも知れないが、そんな満足感が全身を覆っていた。

その直後「小林君の方が上から勢いよく滑ってきたよ。写真撮ろうと思ったけど、シャッター押したらもう水の中だったから姿が映ってないよ」とうた。

私のちっぽけな充実感はこの一言で簡単に砕け散り、逆に後悔と恥ずかしさが全身を覆った。

嫌がる私を「行きたそうな顔してたから」と滝滑りに行かせ、必死の思いで滑ってきたのにもかかわらず、一分と充実感を与えてくれない『小悪魔』だった・・・。



第九話 英語
(2003.10.13)

「Excuse me, Where is ・・・」「How do I ・・・」「Can you tell me ・・・」 ふぅ〜・・・ また英語か・・・
中学で勉強した英語程度の会話なのだが、殆ど忘れている(ToT)
なんとなくこんなことを話してるんだろうな〜って言うニュアンスで受け答えをしているが、その答え方も片言の英語・・・片言ならまだいい方で、通常は単語のみでコミュニケーション(?)をとっている。

昔、ちょっとショックだったのが、道を聞かれてなんとか教えてあげられたと思ったのに、その直後また次の人に道を尋ねていた欧米人。あいつ満面の笑みで「How can I thank you」くらいのことまで言っておいて・・・許せん!!
まぁ、、、地図とか見せながら一生懸命教えてたから、それに対してのねぎらいの言葉だったのだろうけど・・・
でも、どう見てもアジア系の私に英語で話しかけてくるなんてそれこそ間違っている気がするが、それが彼らのスタイルだから仕方ない。昔は「日本に来たら日本語で話しかけろ!!」ぐらいの気持ちでいたが、今では「英語くらい話せないとだめなのね」って気持ちになってます。(決して負け犬になったわけではありません・・・大人になったってことです(^^;ゞ

しかし、旅に出て英語の必要性を本当に肌で感じています。道を尋ねるときも、バスの時間を聞くときも、宿に泊まるときも、飯を食べるときも、もちろん他人とコミュニケーションをとるときもいつでも英語。これぐらいのことなら私の「単語だけの英語&言ってることの4割位しか分からないヒアリング能力」だけでもいいが、本当に困るのはスピーカー等でバス等の乗換えを言っているとき。これは洒落にならないくらいに困る。
今まで英語のアナウンスが流れると、洋楽のCDを聞くぐらいの感覚で聞き流していたが、これからは直ぐに聞き耳を立てれるくらいにならないと・・・です。

これからも英語が早く理解できよう、体当たりの語学学習をしていかねば!!

それから、これは前から思っていたことでもあるが、英語より語圏の広いスペイン語も勉強しようかなと最近ちょっと思ってみたりして・・・スペイン語の発音はローマ字読みだって言うし・・・もしかしたら英語より早く覚えられるかも!

んなわきゃない・・・か(^^ゞ




第八話 旅の始まり
(2003.10.3)

昨日、やっと母sが日本に帰国した。
母sのこの五日間の行動といえば、ちょっと目を離すとすぐにお土産物屋に入りこんで店員と値引き交渉を始める。そして少し値切ったところで安くなったと思って購入するが、次の店では買った金額の2/3位で買える事にショックを受ける。だが懲りずにまた買い物をする。そしてまたショックを受ける。。。この行動の繰り返しであった。そしてMy母はなんと、タイの一般のサラリーマンの二ヶ月分の給料にあたる6万円近くをお土産に注ぎ込むのだった・・・嗚呼、、日本人バンザイ(TдT)

さて母sのお守りも終わり次の宿をカオサン通りの近くの「ルーフガーデン」に決めてチェックイン。少し遅いお昼を食べ、ネット屋でeメールをして宿に戻り、夕方の5時頃から今まで(朝の6時半)寝てしまう。色んな疲れが出たらしくうたの調子があまり良くないが、寝たら大分良いみたいでまた寝入ってしまった。

さてこれからが旅の本番。がんばるぞ〜!!(うたは犬のうんこ踏み踏み元気良く(^o^)ノ

P.S.バンコク豆知識
@自転車はまったく走っていない(暑いかららしい)
A運転マナーが悪く渋滞が凄い(信号機が殆ど無く最低片側2車線のため道路を横切るのも命がけ)
B土産物屋以外の人は目が合うと優しく微笑みかけてくれる(土産物屋は目が合うとすぐに商売)
C意外と親切な人が多い(中には悪い人もいるので注意せねば・・・)
D英語は必須(日本語は殆ど通じないと思ったほうがいい、土産物屋は片言の日本語)
E日本人が少ない(ツアーのホテルでは沢山いるが街中で見かけることは少ない)
F欧米人が多い(カオサンではタイ人より多いかも、また女性一人や女性の二人組みも良く見かける)
G屋台の飯はうまい!(皿を洗うバケツにはゴキブリが20匹位いるが・・・)
H野良犬が多い(しかもやる気がなく、皆ダラダラとしている)
I以外とお腹は平気(下痢症の私だが屋台の飯を食べても平気だった。が、現地の人もあたるらしいので気を付けねば)




第七話 桜の木
(2003.9.26)

うたの日記や”なま”の掲示板にちょっと出てきた桜の木についてお話します。

そうあれは10数年前のとある夜の8時頃、自宅の電話が鳴った・・・
電話の相手は”なま”、用件は「今から遊ぼうと」のこと。特に用事もなかったので二つ返事でOKし、車で40分程のところにある彼の家に行った。
家に着き縁側から彼の家に入ると(当時の彼の家は縁側が玄関を兼ねていました)彼が満面の笑みで出迎えてくれ、いきなり「さあ、桜の木を掘るか!」などとぬかす。「はぁ?」と状況をまったく掴めていない私に対し、スコップと軍手を渡して庭の隅のほうにある桜の木の所へ連れて行く。

「ちょ、ちょっと待った。一体どういうこと?」と訊ねると「駐車場をここに造りたいんだ」と彼。どうやら車の免許が取れたらしく車の購入をしたいと彼のオヤジに相談したところ、「駐車スペースが無いので車の置くところを造りなさい」ということだったらしい。一瞬「はめられた!」と思ったが、頼まれたら嫌と言えない私。潔く桜の木を掘る覚悟を決めた。(今更ながらに疑問だが、何故遠く離れた所に住んでいる私に白羽の矢が立ったのだろう(°°)???

見上げると元気に家の二階にまで枝が伸び、幹は直径30cm位のなかなかの桜。その桜の幹のすぐ近くの地面にいきなりスコップを差し込む彼。「ちょっと待った〜!!」「おいおい、君は木には根っこがあるってことを知ってるのかい?」という基本的なことを教えてあげながら、幹から1m位離れたところにスコップを入れて掘り始める。ぐるっと一周1m位下に掘ったところで、今度は横(木の下)に向かって掘り始める。太い根っこはノコギリで切りながら何とか地面と桜の木の分離が終わる。
次は植え替えるところの土を掘ってそこに移動。桜の木を移動するとき、おもむろに根っこについている土を落とし始める彼。「ちょっと待った〜」「おいおい、重いからって土を落としたら根がつきにくくなるだろ・・・」と、またまた基本的なことを教えてあげながら移植完了。
ここまでの所要時間ざっと5時間弱・・・疲れた・・・すると彼のオヤジが「ご褒美だよ」とお小遣いをくれる。さっきまでぐったりとしていた”なま”と私はいきなり元気になりそのままカラオケへ!若さとは恐ろしい・・・

さて、桜というのは職人でも植え替えが難しいらしく、移植すると根が腐ってダメになるか、根がついても花がすぐには咲かないらしい。”なま”のオヤジは「桜を植え替える」と決めた時、すでに覚悟を決めていたらしい。だが・・・

翌年の3月下旬頃、また自宅の電話が鳴った「おい!むらき!咲いたぞ!」と”まな”からの興奮した声。その桜は見事に美しい花を咲かせていた。何かその桜からご褒美を貰ったみたいでとても嬉しく、その年は”なま”の家の庭先で花見をした。その時から「友情の桜の木」とその桜は呼ばれるようになった。そしてその桜はその次の年も、そのまた次の年も美しい花を咲かせていた。

今もあの桜はあるのだろうか・・・”なま”の家族が引っ越してもう何年も経つ。もしまだあるのなら、またあの庭先で花見をしたいな・・・もちろん、お互い新しい家族を連れて。なぁ、、、”なま”



第六話 約束の焼肉
(2003.9.21)

先日、会社の子達を焼肉に連れて行った。

何度もかかってくる電話と、たまに会社に顔を出したときに延々と「おごれ〜」「肉食わせろ〜」と言う彼女たちに半ばノイローゼ気味になりながら承諾してしまった私・・・
善は急げとばかりに私の退職金目当てに昔からいるメンバー6人(元上司含む)が集まり、用意周到に予約までして頂いていた焼肉屋へ連行された。

6人席がなく4人と2人にテーブルを別けて座り(勿論隣同士)、私はこうなったら少しでも元を取ろうと2人席についた・・・が、一緒に座った相手が悪かった。一緒に座った相手と言うのが、その容姿とは裏腹に食べ物の事にはかなり貪欲で、数々の伝説を残している子だった。(その子の名誉の為に言っておくが普通にしてればとても綺麗な子です)
皆も分かっているらしくオーダーする時は必ず二皿づつ注文した。肉が来るとその子は一気に全ての肉を網の上に置いて焼き始める。次の肉が来るときには必ず前の皿は持っていってもらうのでテーブルはとても綺麗。しかも、その食いっぷりはすごい!野菜やサラダには見向きもせずひたすら肉だけ食べる。しかも肉は二枚づつ食べる。

「カルビ」が来た時のこと・・・網の真ん中の二枚が先に焼け、一枚しか肉を取らなかったので「さすがにカルビは大きいから一枚づつだよな」と思いつつ箸を伸ばすと、その「カルビ」をじっと見つめ、それからおもむろに目を上げ「アイフル」の宣伝に出てくるような瞳でじっと私を見る。。。「ごめんなさいっっっ!」とすぐに箸を引っ込めたのは言うまでも無い。(どうやらまだ焼けてないところがあったらしく、まだ焼いている途中だったみたいである)そして、少し焦げたのはあまり好きじゃないらしく気が付くと私の網の前に焦げた肉が並んでいた。

驚くべきは、4人席の人達と食べた量がまったく一緒、、いや、それ以上だったってこと。。。なぜなら、〆にクッパのハーフを単品で注文し、デザートは2つも平らげ、しかもテーブルの上には肉がのっていた皿さえも無く、そのまま次の人がそこで食事をしてもいいほど綺麗だったからである。アッパレ!!

その後、ショットバー、カラオケと続き気が付けば夜中の2時、、、そろそろお暇しようかと腰を上げると「カラオケで90点オレが出すまでは帰さね〜」と元上司、、、結局90点なんて出るはずも無く(平均78点)気分直しにまたまたショットバーへ。おいおい君たち・・・明日仕事だろ・・・

店を出た時は既に太陽も昇っており、街は活動を始めていた。久々に朝まで飲んでしまい、酒が抜けるのに2日もかかった。もう若くないってことね・・・
「もう最後なんだから」と朝まで一緒にいてくれた(監禁!?)気持ちが嬉しかった反面、身体は辛かった数日間だった。




第五話 最近の出来事
(2003.9.10)

サザンのコンサートの興奮が冷め止まぬ次の日、朝からうたが騒いでいる。
昔(五年前)行ったらしい渚園のコンサート(もちろんサザン)のことをまるで昨日のことのように話す彼女のこと。きっと、まだ夢の世界にいるのかなと思っていたら、ちょっと様子が違う。何をバタバタしているのか近くによって見てみると・・・
どうやら、例の「サザンの水」に付録で付いていた「キャップホルダー?」(キャップのところに付けて観賞するもの?なのかな)をうたがキャップに付けており、水を飲み干したのでそのキャップホルダーを取ろうとしていたのだが取れないらしい。
ここは「オレの出番だな・・・フッ」(花輪くん風に)と思い、おもむろにそれを取り上げカッコ良く外してあげようとしたところ「パキッッ」といやな音・・・

自分の手を見てみると見事に右手と左手に分かれてしまったキャップホルダーが・・・次の瞬間「ギャァァァ〜」と天を劈くようなうたの声。「ヤバイ!」と思いすぐに歯が「キラン」と光るほどの爽やかな笑顔をしてみたが逆効果だったらしく、機嫌が直るまで半日以上かかった。

しかし!!次の日、そのキャップホルダーがゴミ箱に捨ててあった・・・悪いと思い大切にとっておいたのに・・・接着剤で簡単に完璧に直るのに・・・昨日あれだけ責められた俺の立場は・・・(TдT)

さて先週の週末、うたの御両親の御好意で箱根に連れて行ってもらった。気持ちのいい温泉と、美味しいご飯をまたまた腹一杯御馳走になりました。本当にありがとうございました。
しかも、またしても車の中で高いびき・・・この次こそ運転変わりますのでまた連れて行って下さい!!




第四話 サザン祝25周年(2003.9.1)

昨日(2003.8.31)サザンの二年ぶりLIVEの最終日に行ってきました!!
アリーナ席だったのでワクワクして行ったが実物はほんの5p、オペラグラスで15p位(T。T)しかも、飲み物はミネラルウォーター以外持込禁止。直前に買ったお茶はどっかで処分して下さいとのこと。「ん〜、何故だ?」アリーナで水は売ってるとの事なので中に入って買いに行くと「サザンの水500ml」が売っていた。しかも500円、治外法権やな〜。田舎モンのオレはビックリしながらそのミネラルウォーターではない富山産の井戸水を味わったが、さすが水、味は無かった・・・
さて、コンサートは昔の曲をメインにやっており、一発目の昔の曲メドレー(約45分)で歌えたのは「私はピアノ」だけ・・・しかも原由子・・・最初はノレなかったが「太陽は罪な奴」を皮切りにヒートアップ!気がついたら桑田さんが「またね〜」などと言ってる、「おいおいもう終わりかよ〜」と思いながらも「アンコールまで座ることが出来るな」とほっと一息。最後は「Ya Ya」で締めくくり最高のコンサートだった。
心残りは「ミス・ブランニュー・デイ」が聞けなかったことぐらい。

うたの御両親も一緒にコンサートに行ったので昼は中華街で広東風台湾料理のコースを、帰りはカツカレーを御馳走になった。どっちもメッチャうまかったス。本当にありがとうございました。
パパちゃんへ。行きと帰りの車中、殆ど寝ていて申し訳なかったです。。。次は運転代わりますので、また御一緒しましょう!!




第三話 退職と旅(2003.8.23)

平成15年8月20日オレは仕事を辞めた・・・(火垂の墓チックに/御冥福をお祈り致します。戦争反対!)

7年間勤めていた会社を辞めようと思った理由の一つに
「もっと自分を成長させたい」というのがあった。
仕事をしながらでもやり方は沢山あったと思うが、今回ある意味究極の選択をしたのは仕事をしながらだと得るのに時間がかかる、もしくは得る努力をしないで仕事に流されそうだったから。

運にも恵まれ、この歳である程度会社の運営を担うことが出来たのは自分にとってとてもラッキーだった。ただ、その分とても大きなプレッシャーを感じたのも事実だが、とてもやりがいがあった。こんな立場にワクワク(不謹慎かな)しながら仕事を楽しんでいた。職場の環境は良く、指示すれば皆同じ方向を向いてがんばってくれる理想的な環境。だがある日、ふと自分の言葉に重みが無いと感じた時があった。

うまく言えないがその
「重み」とは人間の「厚み」からくるもののような気がする。例えば同じ言葉でも言う人によって説得力や心に響く力が全然違うことってあると思う。その「重み」を少しでも自分の言葉に乗せたいと思った。
「重み」が人間の厚みから来るものならば、「厚み」をつけるために色んな「経験」をしたいと思った。その経験を得るために「旅」に出たいと思った。

傍から見ればこんなに恵まれた環境にいるのにどうして?と思うだろう。でも、今しないと将来なりたい自分になれない気がしたし、こんな自分について来てくれる人達に申し訳ないと思った。かなり自己中心的な考えだと思う。だから会社の人達には本当の理由を言えずに退職した。

もしかしたら逃げなのかもしれない。でも、そうではないと「旅」から帰ってきたら胸を張って言いたい。
だからといって肩肘張って旅をする気はない。旅をしていれば自然と身についていくものだと思うし、なにより
「旅」を楽しみたいから。



第二話 愛しのオレの尻
(2003.8.11)

最近アジア行きの為に買ったMTB(マウンテンバイク)で4日前から体力作りを始めた。しかし、尻が痛いこと痛いこと(T。T)
静岡市近辺の人なら分かると思うが、昨日清水から150号を通って大崩海岸を抜け焼津港まで行って来た。

前日までの自転車の試し乗りですでに私の尻は悲鳴を上げており、片道約20kmのこのコースは自殺行為に等しかった。案の定、走り始めて約五分、段差に気づかずに乗り上げ「しまった!」と思ったときにはすでに遅く尻が4つに割れた・・・

しかし、この日ばかりは駅の階段を上るだけで「ゼーハー」言ってるうたが弱音を吐かない。気を使いながら「疲れたかい?」「お尻は痛い?」「水飲んでもいいよ」等々、休憩を促すが一向に休む気配を見せない。ここは、やはり日本男児。おなごより先に弱音を吐いては世の笑い者。いいところを見せなければと、歯を食いしばってこぐ、コグ、こグ、コぐ・・・

唯一、天使の微笑をくれていたのが赤信号!生まれて初めて赤信号に感謝した。
が、しかし、帰りの道では行きにあれだけ捕まっていた赤信号が全て青・・・「なぜだ〜〜!」いつもならあんなに嬉しい青信号を憎んだのも生まれて初めてだった。

しかし、最後の最後に男を見せる場面が来た。うたがなんと「胃が痛い」と言い出した!これはチャンス・・いやいや、うたの身体が心配で、「ちょっと休もうか?(さり気なく、やさしく)」との言葉に健気に頷くうた。「大丈夫か?」とうたを右手で介抱しながら左手で自分の尻を優しく撫でていた。

そして今日、街乗り用の柔らかサドルを買ってきた。あくまでも、うたのお尻を気遣って・・・



記念すべき第一話
(2003.8.7)


一番最初のお話は座右の銘「成せば成る、成さねば成らぬ何事も」についてちょっとお話します。
この言葉に出会ったのは、たしか私が小学校の4、5年生の時でした。何かの本で読んだのか、先生から教わったのかは定かではないですけど・・・(^^;;

この言葉を聞いたとき幼心にも
「なるほどっ!!、その通りっっ!!」と非常に感銘を受けたことだけ憶えています。
それからずっとこの言葉を自分の座右の銘として、全ての考え方の基本となっています。
私なりのこの言葉の解釈は
「何でもやってみなきゃわかんないじゃん。やらないで自分で自分にピリオド打つなんてもったいない。やればやったなりの、更にがんばればがんばったなりの結果が得られるじゃん」です。

私の周りをみわたすと、自分で自分にピリオド打ってる人がどんだけ多いことか・・・。。。もったいない・・・。。。
ピリオドを打っている人たちの口から出る言葉は「時間が無い」「歳だしな〜」「現実を考えるとな」「ガラじゃない」・・・etc.  こんな言葉を良く聞きます。
私はこう考えるようにしています 「時間が無い」→
「時間はつくるもの」 「歳だしな〜」→「それを思いついたときが適齢期」 「現実を考えるとな」→「現実をより良くするため」 「ガラじゃない」→「そう思ってるのは自分だけ」・・etc.
これは、旅がどうのこうのではなくごく日常的に(特に仕事上)おこっていると思う。

でも、ここで気づいて欲しいのはこれらの言い訳は誰にしてるのかということです。親?兄弟?友人?家族?上司?そういう話をしてくる人?それともご先祖様???  違いますよね。自分自身にですよね。

そして一番大切なのが、
自分がピリオドを打ったことに対してそれを誰かのせいにしてはいけないということ!
自分自身が考えて出した答えで行動し、出た結果を人のせいにする。また、自分自身が動かないでいることを周りの状況だと嘆くだなんて・・・責任転嫁ですよね。
誰かからお願いされたことに対しても同じだと思う。どんな状況でも、やるかやらないかは自分が決めたはず。それが断れない状況だったとしてもです。受けたのは自分なんだし・・・
それから自分自身が動かないっていうのも、自分が状況を把握した上で「動かない」って決めたんだから・・・

えらそうに書いてますが、私自身実行できているかというと・・・(^^;;  まだまだです。。。。(^^;ゞ
でも、これが自分のルール(基本的な考え方)です。
そのきっかけとなったのが座右の銘
「成せば成る、成さねば成らぬ何事も」です。